4.1. 規格化

規格化は,試料調製,試料厚さ,吸収元素の濃度,検出器,アンプ設定やその他の測定条件についてデータを正規化することです.規格化したデータは,実験条件に関係なく比較することができます.また,データの規格化は理論と比較するときには必須です.FEFF で計算した μ(E) と χ(k) スペクトルのスケールは,規格化されたデータと比較できるように選ばれています.

μ(E) と χ(k) の関係は,次の通りです:

μ(E) = μ0(E) * (1 + χ(E))

すなわち,

χ(E) = (μ(E) - μ0(E)) / μ0(E)

実験スペクトルにおける μ0(E) の近似については, 後ほど 紹介します.

この式は,実際には測定されたスペクトルから χ(k) を抽出するために使われる一般的な式ではありません.この式が問題なのは,分母に μ0(E) の項があることです.実際には,μ0(E) がかけ算可能な項として存在するとは期待できないからです.例えば,以下のような場合が考えられます.

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図 4.1 水酸化金の μ(E) データ.EXAFS 領域で 0 と交差している

この金のスペクトルの場合,検出器の設定がスペクトルが 0 をまたぐような状態です.このスペクトルを μ0(E) で割ってしまうと,割り算のせいで 0 付近の点で抽出された χ(k) データの位相が反転して,めちゃくちゃになってしまいます.

この問題を解決するために,典型的にはこのような規格化ではなく,代わりに吸収端における吸収量の変化に基づく規格化を行います.その式は以下の通りです.

χ(E) = (μ(E) - μ0 (E)) / μ0(E0)

違いは分母にある項です.μ0(E0) は吸収端におけるバックグラウンド関数の値です.これにより,好ましくない μ0(E) 関数の問題が解決されますが,別の問題が起きてしまいます.すなわち,真の μ0 (E) 関数には多少エネルギー依存性があるので,μ0(E0)で規格化してしまうと,エネルギーに対しておおよそ線形に χ(k) が減衰してしまいます.エネルギーに対して線形なこの減衰は波数の二次式です.従って,吸収端による規格化は,χ(k) について,データに元々存在すると考えられる熱的あるいは静的な σ2 の項の他に,人為的に σ2 の値を増やしてしまうことになります.

この人為的な σ2 は典型的にはとても小さく,不適切な規格化をしてしまう場合に比べてほとんど問題になりません.

4.1.1. 規格化アルゴリズム

スペクトルの規格化は "«e0», «pre-edge range», そして "«normalization range» パラメータによって制御されます.下図の赤丸で囲ったところです.

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図 4.2 ATHENA における規格化パラメータの選択

«pre-edge range»«normalization range» パラメータは,2つの領域,すなわち吸収端前と吸収端後の領域を定義しています. «pre-edge range» のデータに対して直線による回帰式, «normalization range» のデータに対しては多項式による回帰式が計算されます.デフォルトでは,吸収端後の領域について,三次の多項式が使われますが,次数は «normalization order» パラメータを使って制御することができます.«pre-edge range» あるいは «normalization range» にあるすべてのデータが利用されることに注意してください.つまり,回帰式はデータ範囲の境界付近の正確な値にはあまり影響を受けません.

吸収端前後の線を引く際に「よい」とされる基準はある程度主観的なものです.以下のような銅箔のデータについてはパラメータが適切に設定されていることがわかります.左の図では,それぞれの領域について両方の線が明らかにデータの真ん中を通っています.

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図 4.3 銅箔 μ(E) と吸収端前後の線

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図 4.4 銅箔の規格化された μ(E) データ

エネルギープロットタブ にあるチェックボックスを使うと,データをプレエッジおよび規格化の線とともにプロットすることができます.少なくともあなたのデータのうちのいくつかについて,プレエッジと規格化の線を表示してみることは,規格化パラメータが適切に選択されているかを確認する上で,とてもよい考えでしょう.

プレエッジおよびポストエッジの線をプロットすると,«pre-edge range»«normalization range» パラメータの位置が小さなオレンジ色の印で表示されます.(«normalization range» の上限値はグラフの右端からはみ出ているため、上図の銅箔のグラフでは表示されていません.)

規格化定数 μ0(E0) は «e0» に対して,プレエッジおよびポストエッジの線を外挿することで評価され,ポストエッジと e0 が交わったところからプレエッジと e0 が交わった値を引いたものです.この差は «edge step» に示されています.

プレエッジの線はデータの測定範囲全体に対して外挿され,μ(E) から差し引かれます.このことによって,吸収端前の線を y = 0 に合わせることができます.プレエッジが差し引かれたデータは μ0(E0)で割り算され,上図のグラフのようになります.

バージョン 0.9.18, で追加: «edge step» ラベルのコンテキストメニューに吸収端のジャンプの大きさのエラーバーを見積もるための機能がつきました.

4.1.2. 平滑化アルゴリズム

XANES のデータやある種の μ(E) スペクトルの解析結果を表示するために,ATHENA では,ちょっとした補助機能を提供しています.デフォルトでは,単に規格化されたスペクトルではなく, 平滑化された (flattened) スペクトルがエネルギーに対してプロットされます.下図に平滑化されたグラフと一緒に平滑化していないグラフを表示しています.

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図 4.5 銅箔での規格化したスペクトル(赤)と平滑化したスペクトル(青)の比較

平滑化されたデータを表示するために,«e0» より後ろの部分について,元のデータから吸収端前後の線の傾きと回帰曲線の差を引いています.このことは,データの振動部分を y = 1 まで押し上げる効果があります.平滑化された μ(E) データは,結果として 0 から 1 にわたることになります.これは表示上のもので,μ(E) から  |chi| (k) の抽出には影響を与えません.

これは,XANES データを比較する際に,データの吸収端後の領域の違いを取り除くことができるよい方法です.差スペクトル自己吸収補正 を計算したり, 線形結合フィッティングピークフィッティング を行う場合,その他の場合にも単に規格化されたデータよりも平滑化されたデータを使うとよい場合があります.

このアイデアは SixPACK から取り入れられました.

4.1.3. 規格化をうまく行う方法

吸収端後の範囲の選び方は重要です. «normalization range» の設定を間違えると,χ(k) の抽出に悪影響を及ぼすかもしれません.下図に, «normalization range» パラメータが極端に不適切な例を示します.この例では,上端にスペクトルにおいて連続した吸収端の高い側を選んでしまっています.結果的に得られる «edge step» が間違っており,平滑化されたデータはひどくゆがんでしまっています.

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図 4.6 normalization range が不適切に選択された BaTiO3 のスペクトル.normalization range の上端が Ba LIII 端の側にある.

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図 4.7 BaTiO3 の normalization range が不適切だと Ti K-edge のデータがうまく規格化されません.

上図は大げさな例ですが,データを処理するときに規格化パラメータをよく確認することが大切であることがわかります.多くの場合,規格化パラメータが少しでも変化すると,XANES データの解釈や χ(k) データの規格化に影響を与えます.

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図 4.8 «norm1» の選択例

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図 4.9 «norm1» の他の選択例

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図 4.10 水和されたウラン種において,異なる規格化を行ったことによるわずかな影響の例.ここでは,平滑化された XANES スペクトルを比較のために示している

この例において,normalization range の下限値として,42 eV を選択するか 125 eV を選択するかは,これらのウランの吸収端データの平滑化に影響し,最終的には価数の評価にも影響する可能性があります.«edge step» の小さな違いは χ(k) をわずかに減衰させてしまう可能性もあります.

4.1.4. プレエッジをうまく引く方法

«pre-edge range» パラメータの選び方も重要で,グラフ化して確認することをお勧めします.不適当に選んでしまうと, «edge step» の値が正しくなくなり,平滑化されたデータがゆがんでしまいます.下図のスペクトルでは, 17038 eV にある小さなイットリウム K 吸収端の存在が 17166 eV にあるウランの LIII 吸収端をゆがめてしまっている様子がわかります.この場合,«pre-edge range» はイットリウム K 吸収端より大きい値にするべきでしょう.

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図 4.11 ウランとイットリウムの混合試料のXAFSスペクトル

4.1.5. XANES データの測定と規格化

もし時間と実験条件が許せば,吸収端前後の範囲で十分な量のデータを測定するのは常によいアイデアと言えます.例えば,吸収端前は約 150 eV,吸収端後は 300 eV 以上の範囲で測定することをお勧めします.より短い範囲で測定すると,よい規格化を行うために十分な規格化範囲をとれないかもしれません.正しく規格化されていないと,他の XANES 測定結果と定量的な比較をすることは難しくなるでしょう.

吸収端後の範囲が小さいときは, «normalization order» を小さくすると良いかもしれません.ステップスキャンで XANES 測定をするときは,測定の終わりに,広い点間隔のデータを測定すると,測定時間を増やさずに «normalization range» を広く取ることができます.




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