9.9. 「自己吸収」補正

bend 蛍光法により測定された μ(E) がイオンチャンバで測定した入射 X 線と蛍光 X 線の信号の比であるということは,十分厚みの薄い試料か十分濃度が薄い試料の場合にしか正しくありません.分厚く濃度の高い試料については,入射 X 線が進入できる深さにより μ(E) の微細構造が変化してしまいます.振動部分が大きくなれば,進入深さは小さくなり,振動が小さくなれば,進入深さは大きくなります.その結果,振動構造が減衰してしまいます.

注意

“自己吸収” という言葉は,他の分野でこの言葉が意味していることと比べると若干混乱招く表現と言えます.例えば,X 線蛍光測定において,“自己吸収” という言葉は,試料中で生成した蛍光 X 線が試料の外に飛び足す過程で減衰することを指しています.これは,ここでいう自己吸収効果とは異なります.“自己吸収” という言葉は,最初,Goulon らによる古い文献で記述されている現象を説明するために Troger によって初めて使われました.XAS コミュニティの多くの人は,“over-absorption(過大吸収?)” あるいはGoulon による “attenuation factor(減衰因子)” という単語を好みます.

  • L. Tröger, D. Arvanitis, K. Baberschke, H. Michaelis, U. Grimm, and E. Zschech. Full correction of the self-absorption in soft-fluorescence extended x-ray-absorption fine structure. Phys. Rev. B, 46:3283–3289, Aug 1992. doi:10.1103/PhysRevB.46.3283.
  • Goulon, J., Goulon-Ginet, C., Cortes, R., and Dubois, J.M. On experimental attenuation factors of the amplitude of the EXAFS oscillations in absorption, reflectivity and luminescence measurements. J. Phys. France, 43(3):539–548, 1982. doi:10.1051/jphys:01982004303053900.

理想的には,蛍光法によって測定する必要があるすべての試料は,この「自己吸収」効果によってデータが影響を受けないように,十分厚みが薄いか十分濃度が薄い必要があります. 場合によっては,試料における制限のため,「自己吸収」が避けられない場合もあるでしょう.この場合には,この問題に直面しながらも正しい答えを得るために,データ解析の段階において何をしなければならないか理解する必要があります.解決策の1つをここでご紹介します.

「自己吸収」補正ツールは X 線吸収係数の表を使って,「自己吸収」の効果を見積もるための4つの異なるアルゴリズムを提供しています.そのうち1つは XANES データについて適用でき,また,4つ全ては EXAFS データの補正に使うことができます.アルゴリズムのうちの1つは十分厚みが厚くない試料についてもうまく働きます.これらの様々なアルゴリズムは,文献からとられており,比較のために提供されています.

ここで示す例は,この種の補正に特に適当と思われるものです.共に,補正がうまくっているかどうか確認するすべがあります.一般的には,補正がうまく働いているかどうかを保証することは困難です.試料全体の組成が不明な場合は特に困難といえます.このことは,実際上は,この種の補正が役に立たないかあるいは信頼できないものであることを示しています.

「自己吸収」効果は EXAFS データの振幅にだけ影響し,位相については影響を与えないことを理解しておくことは重要です.よって,例え,適切に補正することができなくても,EXAFS を使って結合長に関する解析を行うことは可能です

こちらから,私の「自己吸収」補正に関する発表内容 をご覧になることができます.このツールの適用性についてより詳細に説明しています.一般的には,「自己吸収」ツールを実データに対して適用するのは極めて困難であるといえます.XAFS.org ではこの点に関してとても重要な情報を提供しています.

9.9.1. XANES データの補正

下の「自己吸収」ツールでは,4つのアルゴリズムから選択して,補正のためのパラメータを入力することができます.

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図 9.24 「自己吸収」補正ツール

この XANES データの補正の例では,それぞれ,0.1, 0.47, 0.94 M 硫酸アンモニウム水溶液のデータを使います.補正アルゴリズムは試料の完全な組成が必要なため,硫酸アンモニウムに対する水の比率を決定する必要があります.

1 amu = 1.6605 x 10^-27 kg

1 mole = 6.0221 x 10^23 particles

1 water molecule is 18 amu = 2.988 x 10^-26 kg

1 mole of water is .01800 kg

1 liter of water = 1 kg water, so 1 liter is 55.5555 moles

溶質を加えることによる密度変化について調整すると,溶液中にはおよそ 54.8 mol の水が存在します.

よって,これら3つの溶液の組成式に相当するものは,((NH4)2SO4)0.10(H2O)54.8, ((NH4)2SO4)0.47(H2O)54.8, そして ((NH4)2SO4)0.94(H2O)54.8 です.

右図に 0.94 M の試料について,補正無しおよび補正有りのデータを示しています.左図には3つの補正無しのスペクトル,下図には補正後のスペクトルを示しています.

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図 9.25 補正された 0.94 M のデータ

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図 9.26 補正無しの 3 試料のデータ.濃度が高くなると,「自己吸収」の効果が強くなっていることがわかります

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図 9.27 補正有りのデータ.悪くないでしょ?

Dani Haskel と Zhang Ghong によるデータ提供に感謝します.

9.9.2. EXAFS データの補正

4つのアルゴリズムのうちでは,こちらに示しているように Booth アルゴリズムだけが有限の厚さを持つ試料に対して適用可能です.他の3つは試料が無限に分厚いことを仮定しています.

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図 9.28 Booth アルゴリズムを使って銅箔の補正を行う様子

アルゴリズムを選択した後で,入射 X 線および検出器に対する角度あるいは試料の厚みについてマイクロメートル単位でを入力することができます.全てのアルゴリズムでは試料の化学量論比についても入力する必要があります.

これらの2つのデータは同じ薄い銅箔を,一方は透過法で,他方は蛍光法で測定したものです.データは Corwin Booth により提供されたものであり,また,このデータが示されている論文には彼と Bud Bridges によってアルゴリズムが示されています.(citation は末尾に示しています)

これは薄膜のため,Booth アルゴリズムのみが適用可能です.(もし,他のアルゴリズムと比較したければ,他のアルゴリズムが試料の厚みを考慮しないために,補正量を大きく見積りすぎることがわかるでしょう.)

銅の化学式は Cu であり,Corwin は試料厚さが 4.6 であると報告しています.入射 X 線の角度は 49 度であり,出射角は 41 度です.これらの値を入力し補正後についてプロットして下さい.補正されたデータを保存し,透過法によるデータと比較すると以下のようになります.

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図 9.29 とてもうまく働いています.緑色が補正された蛍光法によるスペクトルであり,少し大きいですが,透過法のデータと比較可能であることがわかります.

補正された蛍光法によるデータと透過法によるデータを比較する上ではいくつか考慮すべき点があります.すなわち,2つのデータがどのように規格化されたか,入射角および出射角はどうか,それに厚みにもよります.これらの値を変えてその変化が補正に対してどのような効果を及ぼすのか試してみて下さい.

バージョン 0.9.20 で追加: Booth アルゴリズムは更新および訂正されています.今は,試料の密度も必要です.厚みを入力する欄の横に密度を入力する欄があります.密度を入力する欄はBooth アルゴリズムが選択されたときに有効化されます.

9.9.3. Information depth

どんな試料においても,波数に対する関数として「情報深さ」をプロットすることができます.この量は Troger らによって定義されたものであり,与えられた試料位置に対して入射 X 線がどこまで進入したかをエネルギーの関数として表現したものです.この深さに関しては,入射 X 線の 68 % が吸収され,蛍光 X 線が 68 % 生成しました.この情報深さは,ある薄膜試料がある実験条件において,“thick” かどうかの便利な指標として提供されています.

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図 9.30 エネルギーに対してプロットされた FeGa 合金の情報深さ

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図 9.31 同じグラフを波数に対してプロットしたもの

9.9.4. アルゴリズムに関するリファレンス

Fluo アルゴリズム

Fluo に関するドキュメントは数学的な導出も含めて,Dani の Web サイトで見つかります.: http://www.aps.anl.gov/xfd/people/haskel/fluo.html

Booth アルゴリズム
  • C H Booth and F Bridges. Improved self-absorption correction for fluorescence measurements of extended x-ray absorption fine-structure. Physica Scripta, 2005(T115):202, 2005. doi:10.1238/Physica.Topical.115a00202.

Corwin の Web サイトもご覧下さい: http://lise.lbl.gov/RSXAP/

Troger アルゴリズム
  • L. Tröger, D. Arvanitis, K. Baberschke, H. Michaelis, U. Grimm, and E. Zschech. Full correction of the self-absorption in soft-fluorescence extended x-ray-absorption fine structure. Phys. Rev. B, 46:3283–3289, Aug 1992. doi:10.1103/PhysRevB.46.3283.
Pfalzer アルゴリズム

「自己吸収」補正に関する他のおもしろいアプローチが,以下のように提案されています

  • P. Pfalzer, J.-P. Urbach, M. Klemm, S. Horn, Marten L. denBoer, Anatoly I. Frenkel, and J. P. Kirkland. Elimination of self-absorption in fluorescence hard-x-ray absorption spectra. Phys. Rev. B, 60:9335–9339, Oct 1999. doi:10.1103/PhysRevB.60.9335.

このアルゴリズムは主な結果を得るために検出器の立体角の積分値を必要とするために,ATHENA には実装されていません.実装することは可能ですが,ここでいう立体角は通常実験ノートに記載するものとは異なるものです.もしこのアルゴリズムの実装について,本当に興味があるなら作者の Bruce まで連絡して下さい.

Atoms アルゴリズム
  • Bruce Ravel. ATOMS: crystallography for the X-ray absorption spectroscopist. Journal of Synchrotron Radiation, 8(2):314–316, Mar 2001. doi:10.1107/S090904950001493X.

蛍光補正の計算の詳細については Atoms のドキュメントと作者の Web サイトをご覧下さい.

Elam による吸収係数の表
  • W. T. Elam, B. D. Ravel, and J. R. Sieber. A new atomic database for X-ray spectroscopic calculations. Radiation Physics and Chemistry, 63:121–128, February 2002. doi:10.1016/S0969-806X(01)00227-4.



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