酸化アルミニウムと酸化チタンの混合物の複相解析
ここでは,構造既知の酸化アルミニウム (Al2O3) と酸化チタン (TiO2) それぞれ,および重量比で 1:1 で混合した混合物の XRD パターンに対して,リートベルト精密化を行い,各酸化物の定量を試みる.
Note
定量を目的としてリートベルト解析を用いるのはやや大げさで,RIR 法など他の方法で定量する方がよいかもしれない.
GSAS-II による初歩的なリートベルト精密化の方法が分からない場合は,フッ化アパタイトのリートベルト精密化のチュートリアル を先に学んで下さい.
解析の大まかな流れ
- 多結晶 Si の XRD パターンを用いた装置パラメータ (Si_standard.instprm) の導出
- 酸化アルミニウムの XRD パターンに対するリートベルト精密化
- 酸化チタンの XRD パターンに対するリートベルト精密化
- 酸化アルミニウムと酸化チタンの混合物 XRD パターンに対するリートベルト精密化
このチュートリアルで使うデモデータ
Warning
このチュートリアルでは主に定性分析を目的としたセットアップで汎用的に利用されている XRD 測定装置で短時間測定したデータを用いている.特に XRD の専門家からすると,データの不適切な扱いと感じられる部分もあると思われる.このチュートリアルはあくまで初学者向けとして公開されている.データおよび解析結果の正確性は一切保証しない.いつか 本物の専門家 が書いた,信頼できるデータおよび解析に基づくチュートリアルが公開されることを願っている.
Note
チュートリアルで出てくる酸化アルミニウムおよび酸化チタンはそれぞれ主相がα相の Al2O3 および Rutile 相の TiO2 である.
多結晶 Si の XRD パターンによる装置パラメータの導出
操作
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Import -> powder data -> guess format from file から 20250620_Si_standard.csv を読み込む.

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装置パラメータは今から作成するため存在しない.よって,次の画面ではキャンセル.

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装置パラメータのテンプレートとして,CuKa lab data を選択する.

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読み込むと以下のようにデータがプロットされる.

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低角度側にはピークがないので,Limits で Tmin を 25 に変更する.

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Peak List の Peak Fitting から Auto search を実行する.

自動的に見つかったピークは 10 個あるはずである.しかしふつうにみればピークは 6 個に見える.Cu Ka1 および Cu Ka2 が共に試料に照射されているため,特に高角度側で2つのピークが現れる.GSAS-II はデフォルトで Cu Ka1/Ka2 比が 1:0.5 であるとみなす.よって,上のスクリーンショットでいうと,47.34°などのピークは不要である.
メニューバーの Peak Fitting から Delete Peaks を選択し,47.34, 56.20, 76.54, 88.24 にチェックを入れて削除すること.これで期待通り,6つのピークが指定される.もしプロットされている範囲が異なるように思えるのであれば,プロットウィンドウの左下の「家」アイコンをクリックするとよい.

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以下の画面で,Peak Fittng から Peakfit を実行する.保存するファイル名を入力するダイアログが現れるので,例えば,20250620_Si_standard.gpx などとする.

Column
一般にファイル名の付け方は所属組織によって決められていたり,特に規定のない場合は好みでファイル名をつけていると思われる.筆者は例えば,20250620_Si_standard.gpx などというファイル名にすることと推奨する.誰が作ったファイルを他人が見ることはよくある.ファイル名が少々長くなっても,ファイル名だけでその起源が合理的に推測できる名称をつけるべきである.半年後の自分は他人である.半年後に見ても何のデータであるか分かる名称をつけるのがよい.
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フィッティングが終わると,以下のようなグラフが表示され,概ね適切にフィッティングされているように見えるはずである.

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次に,position の右の refine という見出しをダブルクリックして,以下のダイアログを表示し,Y - vary all を選択する.6つのピークすべての refine にチェックが入る.もう一度,Peak Fittng から Peakfit を実行する.

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更に,sigma2 の右の refine という見出しをダブルクリックして,以下のダイアログを表示し,Y - vary all を選択する.6つのピークすべての refine にチェックが入る.Peak Fittng から Peakfit を実行する.

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gamma の右の refine という見出しをダブルクリックして,以下のダイアログを表示し,Y - vary all を選択する.6つのピークすべての refine にチェックが入る.Peak Fittng から Peakfit を実行する.
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最終的に以下のようなグラフおよび値が表示されるはずである.グラフの外見や数値が多少異なっていても問題はない.

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Background を選択して Number of coeff. を 6 に変更し,Peak List に戻ってから,Peak Fittng から Peakfit を実行する.

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sigma2 および gamma の右の refine という見出しをダブルクリックして,N - vary none を選択する.6つのピークすべての refine にチェックが 外れる.更に,Instrument Parameters で U, V, W, X, Y の 5 つのチェックを入れ,Peak Fittng から Peakfit を実行する.Instrument Parameters に戻ると以下のようなグラフが表示されるはずである.

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更に,Sample Parameters で Goniometer radius を 150 に変更し,Peak Fittng から Peakfit を実行する.Peak Fittng から Peakfit を実行する.

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最後に,Instrument Parameters で U, V, W, X, Y の 5 つのチェックを 外し,Peak List の sigma2 および gamma の右の refine という見出しをダブルクリックして,Y - vary all を選択する.6つのピークすべての refine にチェックが入る.Instrument Parameters に戻ると以下のようなグラフが表示されるはずである.

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メニューバーの Operations から Save profile を選択し,適切な名前で装置パラメータファイルを保存する.例えば,Si_standard.instprm などというファイル名がよいだろう.
Warning
フィッティングの結果をよく見ると,低角度側のピークの形状が少しずれていることに気づくかも知れない.ピーク形状の最適化が不十分なためと考えられるが,ここでは無視して先に進むことにする.例えば,外部発表 を行うなどの場合には,近くの専門家に確認することを強く勧める.
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File から Save project をクリックしたファイルを保存し,File から New project をクリックして,GSAS-II の状態を初期化する.
ここまでで,多結晶 Si の XRD パターンから装置パラメータを導出することができた.移行の解析ではここで保存した Si_standard.instprm を使うことになる.
ピーク位置に対応している position や ピーク強度に対応している intensity はよいとして,sigma2, gamma, U, V, W, X, Y の意味合いが分からない人もいるだろう.このチュートリアルは素人が書いたものであり,これらの意味合いがよく分からない人向けに書かれている.これらのパラメータは 非常に大ざっぱに 言うと,主に,試料そのものや測定装置に由来するピークの広がりに対応しているものと思えばよい.ここで最低限理解しておくべきことは,各測定装置で構造既知の標準試料を測定し,装置パラメータを求める必要があり,これを実資料の解析を行う必要がある,という点である.
酸化アルミニウムの XRD パターンに対するリートベルト精密化
次に,導出した装置パラメータを使って,酸化アルミニウムのリートベルト精密化を行う.試料は市販の酸化アルミニウム試薬であり,α相が主相である.
操作
- Import -> powder data -> guess format from file から 20250620_a-Al2O3.csv を読み込む.
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装置パラメータの選択ダイアログでは,右下のファイルの種類を GSAS-II iparam file に変更し,先ほど作成した Si_standard.instprm を選択する.

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Import -> Phase -> from CIF file から 7-Ruby.cif を読み込む.更に,先ほど読み込んだデータを関連づける.(PWDR 20250620_a-Al2O3.csv にチェックを入れる)

Column
ところで,なぜ Ruby なのだろうか?宝石として知られているルビーは主にα相の酸化アルミニウムからできており,例えば,不純物としてクロムが含まれると,鮮やかな赤色のルビーとなる.
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Limits で Tmin を 20 に変更する.

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Background で Number of coeff. を 6 に変更する.

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Calculate から Refine を選択して,リートベルト精密化を実行する.ファイル名は 20250620_a-Al2O3.gpx とするのがよいだろう.

幸いにして,ほとんど何もせずにリートベルト精密化を実行するだけでそれらしいフィッティング結果が得られる.但し,もちろん十分ではない.
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左のツリーの Phases -> Al2O3 から右のタブで General を選び,Refine unit cell を選択して,もう一度,Calculate から Refine を選択して,リートベルト精密化を実行する.

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更に,Data タブで microstrain にチェックを入れて,もう一度,Calculate から Refine を選択して,リートベルト精密化を実行する.

Warning
ピークの広がりを microstrain で表現しようとするのは専門家からすると不適切な可能性があるが,ここではそのまま進めてしまう.
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左のツリーの Sample Parameters から Goniometer radius を 150 に修正し,Sample displacement にチェックを入れて,もう一度,Calculate から Refine を選択して,リートベルト精密化を実行する.

この時点で,ある程度あっているはずである.リートベルト精密化と呼ぶには心許ないが,よりましな精密化ができたら本稿を改めるとする.
酸化アルミニウムの XRD パターンに対するリートベルト精密化
次の TiO2 に移る.TiO2 のリートベルト精密化は Al2O3 と何も変わらない.よって,ここで一つずつ書くことはしない.
上記の Al2O3 のリートベルト精密化と同じ手順で,Phase として Rutile.cif を使えばまずまずのフィッティングができる.
酸化アルミニウムと酸化チタンの混合物 XRD パターンに対するリートベルト精密化
さて,ここからが本題の複相解析である.繰り返しになるが,本稿ではリートベルト精密化による格子定数の精密化ではなく,定量を主な目的としているため,リートベルト精密化としては不十分な面がある.自らのデータを解析する際はそのことを忘れずに,このチュートリアルはあくまで最初の練習と思っていただきたい.
操作
- Import -> powder data -> guess format from file から 20250620_a-Al2O3_Rutile_1_1.csv を読み込む.
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装置パラメータとして,Si_standard.instprm を選択する.

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Import -> Phase -> from CIF file から 7-Ruby.cif を読み込む.更に,先ほど読み込んだデータを関連づける.
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更に,Import -> Phase -> from CIF file から Rutile.cif を読み込む.更に,先ほど読み込んだデータを関連づける.

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Background で Number of coeff. を 6 に変更する.
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Al2O3 と TiO2 の Phase fraction を 0.5 に固定する.

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Calculate から Refine を選択して,リートベルト精密化を実行する.

強度が適切に再現されていないように思われるが,既にそれらしいフィッティング結果が得られた.
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左のツリーの Phases -> Al2O3 および Rutile から右のタブで General を選び,Refine unit cell を選択して,もう一度,Calculate から Refine を選択して,リートベルト精密化を実行する.

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更に,Phases -> Al2O3 および Rutile の両方から右のタブで Data を選び,Phase fraction にチェックを入れて,もう一度,Calculate から Refine を選択して,リートベルト精密化を実行しようとすると,以下のように,合計が 1 になる様に制限をかけてフィッティングを行うかというダイアログが現れるので,「はい」を選ぶ.そうすると,デフォルトでは青の十字マークで示されるデータ点に対して,緑色の線で表されるフィッティングがかなりよく合っていることが分かる.

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更に,Phases -> Al2O3 および Rutile の両方から右のタブで Data を選び,microstrain にチェックを入れて,もう一度,Calculate から Refine を選択して,リートベルト精密化を実行する.

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左のツリーの Sample Parameters から Goniometer radius を 150 に修正し,Sample displacement にチェックを入れて,もう一度,Calculate から Refine を選択して,リートベルト精密化を実行する.

Note
低角度側の2つのピークが気になる人が多いであろう.例えばフィッティング範囲を 20°からに変更してしまうのもよいだろう.デモデータのピークは特定されていない.更に,プロットを拡大すると細かな不純物ピークも見つかる.これらについてもこのチュートリアルでは無視している.
この時点で,ある程度あっているはずである.リートベルト精密化と呼ぶには心許ないが,よりましな精密化ができたら本稿を改めるとする.
さて,このチュートリアルで行いたかったことは,酸化アルミニウムと酸化チタンの混合物の複相解析 である.例えば,Phases の Al2O3 あるいは Rutile の Phase fraction の右のところに,Wt. fraction と書かれており,その右に数字がある.今回の場合,Al2O3 は Wt. fraction 0.505 で,TiO2 は Wt. fraction 0.495 である.この結果は,重量比で Al2O3 が 50.5%,TiO2 が 49.5% であることを示している.意図的に 1:1 の重量比で混合した試料であることを踏まえれば,かなりよい精度で定量できることが分かる.
もちろん,3成分以上,温度の効果,非晶質成分等々,実試料において考えておくべきことは多いが,理想的な条件ではかなり高い精度で定量可能であることがわかる.